4/28(水)晴れ
夜9時ごろ名古屋を出発し、名神、中国道から米子自動車道。
冷え切った体を温めるため、湯原インターで降りて湯原温泉に寄り道。
深夜2時頃にもかかわらずダムの前の「砂湯」は激混み。ここは昼間より夜の方が混むらしい。
こういう時、深夜でも無料で入れる温泉というのは助かる。早朝、ポケットパークでテントを張って2時間ほど仮眠。
4/29(木)晴れ
隠岐諸島には島根県の米子、七類、加賀からフェリーが出ているが、
島後行きで一番タイミングが良かった9:00七類発の西郷行きに乗船。午前11:20西郷港着。フェリーターミナルのすぐ近くにある漁協直営「お魚センターりょうば」でお刺身定食(1500円)。 「屋那の松原」の近くの入り江に、船を入れておく杉皮葺き屋根の「船小屋」が並んでいる。 同じ形の小屋が数十件も並んだ様子は船の長屋のようだ。 那久岬灯台へ。灯台までの遊歩道には何頭もの牛が立ちはだかっている。 隠岐は「牛突き」と呼ばれる闘牛が盛んで、島内いたるところに牛が放牧されている。 普通の牛と違い、角が戦闘用に矯正され、鋭く研がれており、体格も大きく、いかにも強そうだ。 こちらが近づいていっても逃げる様子もなく、じっとこちらを睨んでいる。 落ち着いた様子がよけいに不気味。戦っても勝てそうにないので、なるべく刺激しないように遊歩道を外れて距離を取りながら迂回する。 明治時代に手掘りで作られたという「福浦トンネル」 。 おそらく海側の小さいのがそうで人一人やっと通れる大きさ。 陸側の大きいのは最近作られた「新福浦トンネル」。 こちらは十分に車が通れる大きさだが入り口に車止めがあるのでバイク、自転車しか通れない。 五箇村の「ローソク岩」。夕日がちょうど岩の先端のところに重なるとロウソクが灯ったように見えるらしい。 それを見るには数十メートルの崖を降りなくてはならないが、真っ暗になったあと登ることを考えると見に行く気にならなかった。 写真で見るとかなり綺麗そうだった。
隠岐唯一の温泉施設、五箇村の「隠岐温泉GOKA」(300円)へ。竹下内閣ふるさと創生資金で掘ったらしい。 島を回りながらキャンプ候補地を調査したところ、「アイランドパークキャンプ場」は一張り600円。 「ミモザキャンプ場」は一張り1000円。 ローソク岩の近くの「日吉浦キャンプ場」はロケーションは良かったがシーズンオフっぽく料金はわからない。 で、結局無料(?)の「那久の松原」に落ち着いた。 ここは現地の地図にも載っていないし、キャンプ場なのかどうかどうもはっきりしないが、 少し離れた所に新しめの水場があったので改修途中なのかもしれない。
4/30(金)晴れ
テントは張りっぱなしで出発。早朝、カモが路上に散らばって寝ている。群れの中をバイクで通り過ぎても起きる様子はなかった。平和な島だ。 平安時代に建てられたという「水若酢神社(みずわかすじんじゃ)」。隠岐造りという独特な様式で建てられているらしい。 本殿ではちょうど結婚式の最中だった。 神社のすぐ隣にある「隠岐郷土館」へ。 明治時代の役場だった建物の中に隠岐の伝統的な漁具、農具、生活用具等が展示されている。
隠岐の闘牛(牛突き)は、承久の乱(1221年)で島流し(配流)になった後鳥羽上皇を慰めるために始まったという。 元々は島前(西ノ島、中ノ島、知夫里島)で始まったが、今は島後(隠岐諸島最大の島)にしか残っていないそうだ。
大人がやる牛突きをまねて子供が遊ぶ「バッコ」という牛の角の形をしたおもちゃが展示されていた。 これを見てもこの島で「牛突き」がいかに盛んに行われているかがわかる。 屋外には縄文時代に隠岐~本土間で船で交易をしていたことを証明するために作られたという丸太船が展示されていた。 実際にこのちっぽけな手こぎ船で隠岐から本州に渡ったそうである。信じられないことをする人たちがいるものだ。
郷土館の裏には闘牛場がある。この島では集落に一つはあるようだ。 隠岐郷土館の近くにある「五箇創生館」へ。 島で盛んな「古典相撲」、「牛突き」を紹介した迫力ある映像、横綱牛の剥製を見ることができる。
この島の相撲で特徴的なのは同じ相手と2度取り組み、2回目は必ず1回目で勝った方が負けるという「人情相撲」。 また本物の横綱に敬意を表し、最高位は「大関」なのだという。
牛突き(闘牛)は日本各地で行われているが、隠岐が最も歴史が古く盛んであるそうで、人間の相撲にはない横綱も牛にはある。 「そば工房おみ」で地元産のそば粉十割で打った隠岐そば(600円)。 隠岐そばは、麺は太くて短く、つゆは魚のダシが効いている。岩のり、白ごま、ネギがたっぷり入っている。 岬の先端にある奇岩「よろい岩・かぶと岩」。 林道の終点から徒歩20分。 溶岩が海水で冷やされて出来た柱状岩。根室の車石に似ている。 岩をトカゲが登っているように見える「トカゲ岩」。 足のように見えるのは浸食によるものではなく、落石が挟まっただけだとか。 展望台からはかなり小さくしか見えない。 「乳房杉(ちちすぎ)」は縄文杉のような雰囲気のある巨木で樹齢は800年。 20以上の鍾乳根が垂れ下がっており、この先から露がしたたる様子からこの名前がついたとのこと。 壇鏡の滝」がある「壇鏡神社」へ。ここは「日本の滝百選」、「日本の名水百選」にも選ばれている。 神社の入り口の前に2本の大木があり、鳥居がかなり窮屈な位置に立っている。近くにそのことについての言い伝えが書いてあった。 昔、出雲大社の修理のため境内の杉の木を差し出すよう言われた時、前にあった鳥居を巨木の後ろに移動し、 「この2本の杉は神社の外だから神社のものではない。」 と言って難を逃れたそうな。 牛突きを見るため西郷町にある全国初の全天候型闘牛場「モーモードーム」へ。 大会開催時は化粧まわしを着けた土俵入りが見られるが、観光用のエキシビジョンなので省略される。 その代わり入場料は500円と安い。 お客はガラガラだったが、手を抜いている様子は無く、凄い迫力だった。 1トン近い牛同士が頭突きをすると、ゴツン、ゴツンと鈍い音がして地響きが伝わってくる。 最初、2番の取り組みは少ないかと思ったが十分に満足出来るものだった。 那久の松原キャンプ場に連泊。
5/1(土)晴れ
撤収してキャンプ場を出発。フェリーで島後の西郷から3つの島から成る島前の浦郷へ。
中ノ島にある三郎岩は大中小の岩が一列にならんでおり、フェリー航路上から良く見える。
西ノ島の浦郷港に到着。レストラン「しゃくなげ」で郷土料理「もぐり丼」(850円)。
一見ご飯だけのようだが、中に刺身の漬けがサンドしてある。
しかしながら、温かいご飯に挟まれた刺身は生暖かくなっており、正直美味しいと思わなかった。
普通に上に載せた方がいいような....?
珍崎(ちんざき)へ。
行き止まりは牧場になっているが、ゲートが開けっ放しなので県道も普通に闘牛が歩いている。
岬には強そうな牛がウヨウヨ。闘牛というのは落ち着いているものでバイクで近づいても怯えて逃げたりはしない。
本当に強い牛だということがわかる。
磯を牛が歩いているのも不思議な絵だが、この島の牛は放牧のため無人島に泳いで渡るという。
半島の尾根沿いに走る鬼舞・赤尾スカイライン。
終点に「鬼舞展望所」がある。
その先の牧場内道路は岬の先端「黒島鼻」まで通じている。
その先に見えているのはすぐ南にある「知夫里島」だ。
ここを走るだけでも隠岐に来た価値があると思えるすばらしい道だ。
浦郷港の近く「食事処はま」ではま定食(800円)。
新鮮な魚介類が低価格で食べられると人気の食堂。
しかし出てきた定食のご飯が混ぜご飯になって椎茸が
(椎茸が大の苦手)。驚いた様子が伝わったのか、
店員「白いご飯が切れちゃったんで炊き込みごはんにしておきました。
あ、お代はそのままでいいですから。」とにこやかに言った。
ありがた迷惑とはこのこと。
最初から言ってくれたら注文しなかったのに...
しかたなく具を残して我慢して食べた。
せっかくの美味しい刺身が台無しだ。
奇岩が並ぶ景勝地「国頭海岸」。
通天橋。そして隠岐一番の絶景ポイント「摩天崖」。
フェリーで別府から中ノ島の海士町菱浦へ。明屋海岸の無料キャンプ場へ。
更衣室シャワー、炊事場があってロケーションも抜群。
キャンプ場から歩いて数分のところに食堂がある。晩酌も兼ねて食堂「花里波」で夕食。
シーズンオフの海辺の食堂にしては意外と流行っている。
ピザやドリア、パスタといった島内ではあまり見かけないメニューが人気の理由だろうか。ソロの客は自分ともう一人のおじさんだけ。 話を聞いてみるとバイクを境港に置いてバスで廻っているという。 泊まるところを決めていないというので明屋キャンプ場を教えてあげた。 大阪出身のこの店のマスターも、昔は全国を旅していて、静かなこの島に落ち着いたのだという。 2人でキャンプ場に戻ると、おじさんは更衣室に泊まった。
5/2(日)晴れ
撤収してキャンプ場を出発。
承久の乱で流された後鳥羽上皇が上陸し、腰掛けたという石。
とりあえず座ってみた。







































